時代と共に変化する?
日本的な家と言われて何を思い浮かべますか?
白川郷のような民家・・・京都の古い街並・・・
それとも、サザエさんの家?(笑)
家の変化と共に一家団欒の姿も変わったのでしょうか(^^;
昨今多くなってきたと言われる少年犯罪や児童・生徒の引きこもり。
親による子供への虐待。子供による家庭内暴力等々・・・。
これらの背景にはいったい何が有るんでしょう。
私はそういう立場(本人や関係者)になったことが無いので、よくは理解できませんけど、生活環境などに何かしらの問題が有るのでしょうね(^^;

生活環境のうち大部分の時間を過すのが「家」だと思います。
その「家」と共に変化してきたこととは・・・?
昔の一般的な家は、台所があって、それにつながるように茶の間があり、そこが一家団欒のスペースでした。そこには、おじいさん、お父さん、長男、おばあさん、お母さん、子供達・・・と、家族の関係に上下が存在している場合が殆どです。
特に旧家だと、それに本家や分家が加わってそりゃもう大変(^^;
現在ではナンセンスとさえ思えるようなしきたりや風潮が横行していた時代です。
が、今思うと、家庭内には秩序があり、それはそれで幸せな時代だったんだと思えます。

とても大きな家以外は、茶の間と寝室を区別していない場合も多く、ご飯を食べて寝る時間になると、ちゃぶ台(日本ならではの発明品です(笑))を片付け、そこに布団を敷いて寝るといった、とても合理的(?)なものでした。
当然、朝ごはんの時間には布団は片付けられ、家族それぞれの役割(掃除や片付けなど)を終えてから、皆揃って朝食をとります。
個人のスペースというのは殆ど無く、いつも家族が一緒というような光景ですね。
家族の上下関係も手伝って狭いながらも楽しい我家といった感じです。
それが大きく変わったのは戦後。欧米文化を多く取り入れた時代です。
欧米人が驚いたのはリビングとベッドルームが一緒であることだそうで、「個人主義」の欧米人には、さぞかしカルチャーショックを与えたんでしょうねぇ・・・きっと(^^;

で、日本の住宅も大きく変化し始めます。まずは、ダイニングキッチンの導入!
食事は椅子に座ってテーブルで食べる!とまぁ、今までとは全くといって良いほどの異文化です(爆)その頃建てられた鉄筋コンクリート造のアパートには、何とテーブルまで設置されていたそうで・・・って、そうですよね、今まで一般的には使っていなかった物なのですから、用意しろと言われても・・・困ったでしょう(^^;

また、各個室も用意されます。夫婦の寝室、子供達の部屋・・・等など。
それらは段々と廊下から個別に入るような形が多くなってきます。個人のプライバシーを守るといった感じでしょうか・・・これが良いのか悪いのか・・・(^^;

こういった中、「団地」といわれる建物が急増。一般的な戸建でも、ダイニングキッチン+リビング+寝室という○LDKという形に発展していきます。
オイルショックなど危機的状況を乗り越えて日本は発展していきます。で、好景気時代=バブル期を迎え、そしてバブルの崩壊=現在に至ります。
それに伴い家も変わってきました(^^;

カウンターキッチンや吹抜け、リビングから上る階段などを用いた「気配を感じる家」が多く見られるようになります。一時期は個人主義を取り入れ、プライバシーを重要視していた間取りが、違う形で昔に戻りつつあるのです。

良く言えば「家族がいつも顔をあわせられる家」
悪く言えば「親が子供を監視する家」
とまぁ、これには賛否両論あるわけでして・・・どちらも正論のように感じます(^^;

親からすれば「子供は部屋に閉じこもると、ろくなことをしない」という意見も多く聞かれますし、逆に子供からしてみれば「うざったい」となってしまう場合もあります。
なんせ「父親の洗濯物とは別にしてね」っていう娘の話があるくらいですから・・・
難しい問題ですね(^^;
なぜ、家がこのように変化しているのでしょうか・・・私的に解釈すると
今、家を建てる世代は主に「個人主義」的な家で育った世代か、その子供の世代です。
そして、自分が親になり住まいを考えたときに無意識のうちに「何か違う」と感じたのだと思います。その「何か」とは何なのでしょうね(^^;

それは、きっと「家族のスキンシップ」と「家族の秩序」なのではないでしょうか。
昔と全く同じような秩序を取り戻すということではなく、何でも話し合える関係を保ちたいという気持ちの表れなのでは?と、色々な方と話していて感じるようになりました。

子供達を監視するのではなく、話を聞きたい、距離を縮めたい・・・「家族」を大切にしたいという願望が、家を今の形にしていったのではないかと思うのです。
個人主義からプライバシーを保った家族主義への移行です。

週5日制の導入などで、子供達が家にいる時間は多くなったと思います。
特に寒冷地の子供達は冬季間、家の中で遊ぶことも多いでしょう。
TVゲーム主体という話も有りますが・・・(^^;
できれば、そんな子供達に開放できるような家、子供達が自然と集まる家が良い家ではないのかな?って最近感じるようになりました。
よく聞く話で、家の中に子供達を入れたくないというお母さんが多いというのも事実です。お弁当を持たせてでも外で遊ばせるか、他の子供の家に行かせる・・・といったことのようですが・・・(^^;

確かに、数人集まった子供のパワーは凄いもので・・・家の中は戦場のようになります。私も甥っ子が小さいときに近所の子供も含め7〜8人の託児所状態を2年ほど経験したので、その凄さは理解してますけど・・・全く戦争のようでした(^^;
その時に、昔いた怖いおばさんになろう!って決めました(笑)

昔いませんでした?近所の怖いおばさんやおじさん。悪いことをすると他人の子供でも平気で叱ってくれる大人です。最近では少なくなりましたね・・・(^^;

先日、友人から聞いた話で「【悪い】という判断基準が各家庭によって違う場合が有るから、叱って良いのかわからない」というのがありました。教育って本当に難しいと感じるのと同時に【判断基準となる一般常識が無くなってる?】とも感じた瞬間でした。
ここ数年の住宅の傾向というか、街並を見ていて感じることは「閉鎖的」ということ。
中には流行のガーデニングで開放的な雰囲気をもった家も有りますが、大部分は閉鎖的な家が個々に建っているといった印象を受けます。皆さんはどうでしょう?

昔有った近所付き合いや井戸端会議は、いったいどこに消えたんでしょうねぇ(^^;

もしかしたら、現在が「うざったい」と言って無くなっている近所付き合いを見直し、復活させる時期なのかもしれない・・・と思うのは私だけでしょうか?

子供は各家庭と地域が一つとなって育てていくことが大切なのでは?と思います。
公園デビューより大切だと私は思うんですけどね(^^;

幼児虐待や育児放棄も母親の不安な気持ちが原因の場合が多いと聞きます。
「まったく、今の親は・・・」とよく聞きますけれど、それには今の住宅事情が大きく関わっているように思えます。核家族化が進んで相談する人がいない、助けてくれる人がいない・・・自分からは求められない、どうして子供は言うことを聞いてくれないんだろう・・・という不安と自己嫌悪。夫は仕事で忙しく話を聞いてあげる時間をつくれない等。

もし、相談できる人が身近にいたら?と思うと切なくなります。
相談できる人とは、近所のおばさんであり、おばあちゃんです。なんせ、「母親」としては大先輩なわけですから、適切なアドバイスをしてくれることでしょう。
中には時代の流れで理解できないことも有りますけど・・・(^^;
そして、そんな環境の中で育った子供は善悪の知識を自然と身に付けていくんだと思います。人生の大先輩が良いことと悪いことを教えてくれるのですから(^^)
・・・とまぁ、こじつけの様な話になってしまいましたけど(^^;
そんな近所付き合いを取り戻すべく、何かを考えなくては・・・と思う今日この頃です。
いくら近所付き合いをしたくても、家が要塞のように立ち塞がっていたら前には進めませんものね(爆)

高断熱で外部への開放性があって、「ちょっとお邪魔します」的に近所の方と井戸端会議ができる家。老若男女、色んな情報が飛び交うような家・・・でも防犯性は確保する。
そんな家を考えたいものです。

まぁ、人には好き嫌いも有りますから・・・臨機応変に。
そこが難しいのですけどね(^^;
このコラムは、私の主観と思い込みにより構成されていますので、お取り扱いの際は充分にお気をつけくださいませ(^^)
←もどる

一級建築士事務所 設計処 櫻