地震に思う 2
1995年1月17日の阪神大震災から今年で10年。
その時、私は東京でニュースを見ていました。
2003年9月26日震度6の地震を体験。
そして昨年、私は応急危険度判定士に登録しました。
阪神淡路大震災

10年前、朝いつものように出社してコーヒーを飲みながら1日のスケジュールを確認していたとき、社長の「ちょっと来い!」という言葉でTVの前に行きました。

その時に流れていたニュースが神戸の災害を映していたのです。高速道路が倒れている映像でした。私は一瞬、何があったのかが理解できずに、ただ驚いて、その映像をすっと見ていたのを覚えています。
北海道の地震

私の住む釧路では1993年と1994年にそれぞれ震度6の地震が有りました。浦河沖地震(震度6)や北海道南西沖地震(震度6)も釧路では揺れなくても北海道内のこととして身近なものでした。特に災害が大きかった南西沖地震は大津波と火災による死者が200人を超え、地震災害の恐さが身にしみました。
釧路での地震体験(震度6)

そして2003年9月26日午前5時ころ、釧路で震度6弱の地震を体験しました。
私の住んでいる家は築24年の木造住宅で、過去2度の震度6に耐えていますが、確かに凄い揺れを感じました。最初は細かな縦揺れで目が覚め「地震?」って思い、立ち上がった瞬間に大きな横揺れに変わりました。

冗談じゃなく、壁につかまって立っているのがやっとです。
その時、目の前で部屋に置いてあったパソコンのモニターがラックから転げ落ちました。本棚の本やCDなどが床に散乱しています。この段階で避難するとか火の元を消すという行動がとれるかどうかは疑問です。

揺れがおさまり夜明け間直の薄暗い中、玄関から外を見渡すと、近所の方も同じ事をしていました。停電になった為、TVなどの情報は一切入ってきません。


釧路では、こういった地震の直後に「防災センター」からの放送が、各町内会ごとに設置されているスピーカーから流れます。「何時何分、××を震源とする震度○の地震が発生しました。津波警報が発令されましたので各避難所に非難してください(津波の心配はありません)」というものです。

ある意味、地震慣れしている地域なので混乱が避けられる反面、非難しない人が多いこと気になりますが...この放送はとても有効な事だと感じています。

釧路空港の天井が落ちる、町役場の車寄せの屋根が落ちる、道路の一部が陥没する、古い家が傾く(後に取り壊されました)などの被害が有ったものの、早朝だった為か、幸い大きな被害は避けられたようです。これが朝や夕方の食事時(火気を使用している時間)だったら...と考えると、ちょっと恐ろしいです。
釧路での地震体験(震度5)

そして翌年にも震度5の地震が有りました。
過去に1993年、1994年と続けて地震が有ったこともあり、多くの人が今年も...と思っていたのと、揺れが小さかった為、何事も無く朝を迎えました。給食センターの食器が割れて小中学校が休校になった地域も有りましたが、ほとんどは2時間ほどの繰り下げで授業も行なわれたようです。

余談ですが...私の住んでいる地域では地震後ヘリコプターが飛び、その音で寝不足になった人も多かったようです。

阪神大震災のときの「ヘリコプターの音で助けを求める人の声が聞き取れなかった」という言葉を思い出します。救助や現状確認に必要不可欠なものが、時には意に反するものになってしまうのが残念でなりません。
応急危険度判定士

そして昨年。私は応急危険度判定士に登録しました。
これは、災害時に建物の危険度の判定を的確に行なうことで余震による2次被害を防ぐため、現地に行きボランティア活動するためのもので、建築士の資格を有しているものが指定講習を受けることで登録できます。ボランティアである為かシステムに多少問題が有るようにも思えますが、それはこれから解決していかなければならない課題なのだと思います。
新潟中越地震

2004年10月23日、夕方のニュースで新潟中越地震が飛び込んできました。最初の報道では震度6強だったと思います。

私にとって、この震度6強と私が体験した震度6弱との違いがよく判らなかったのですが、飛び込んできた映像はショッキングなものでした。後に直下型と沖合いで発生した地震の違い、最大震度が7でエネルギーの違いはかなりのものだ、などという事は理解はしたのですが、あまりの被害状況の違いに驚くと共に「何故?」という思いが有ったのも事実です。

そして、ニュースで伝わってきたのは建物の倒壊と建物を信用できずに避難生活をしている方の言葉と、車で避難生活をしていた方の痛ましい死でした。

阪神大震災の教訓を得てなのでしょう。新潟中越地震での救援救助は、それと比べると迅速であったと感じますし、感動する場面もかなり有りました。それでも、まだまだ足りなく、そして難しい部分も多々有ると思います。そういったことも教訓として、これから更に充実した救援救助となって欲しいと心から願います。

そうすれば、避難生活中の痛ましいニュースも無くなっていくのだろうと思います。
地震は予知できるのか?

近い将来、東南海・南海地域で大地震が起こる可能性が大きいと言われています。様々な対策もとられているようで、中でもプレートのスリップを「予知する」ということが行なわれているようです。そうすれば、少なくとも数時間前には予知できるということのようですが、本当に予知できるものなのでしょうか?

先日のTV番組の中で、2003年に起きた十勝沖地震は予知できなかったということが言われていました。高精度の震度計を数箇所に設置していたにもかかわらず、予測することは不可能だったそうです。

これから数年後、数十年後を見据えて、今、統計を取っておくことはとても大切だと思いますし、将来的には予知も可能となることだろうと思います。

しかし、今、予知できないとするならば、私達はどうすれば良いのでしょう。
「減災」

今朝の新聞に「減災」という言葉が有りました。
予知できない、予測できない災害に対して「防災」を考えると共に、災害を減らす為に何かをしなければならない...私も本当にそう思います。

その本質は、私達1人1人の災害に対する意識をもっと強くすることなのではにかと感じています。他人事ではなく、自分の事として備える必要があると思うのです。

建築物に関して言えば、各地方自治体で耐震診断や耐震補強工事に対する助成金制度や、住宅金融公庫などによる低金利の融資が有り、これを有効に利用し耐震補強することで、倒壊による被害を少なくできます。ただ、助成金はあくまでも工事金額の一部を補うにすぎないので、資金力の少ない方が何もできないという話も聞きます。こういったところを制度的に見直すことができれば、もっと「減災」につながると思うのですが...。
今時の住宅

最近「デザイン」について考えることが多くあります。
木造住宅で20帖超の壁の無いLDK、壁一面の大きな窓、吹抜け...どれをとっても空間としては素晴らしいものです。「デザイナーズ」という文字が雑誌などで多く取り上げられています。どれも、建築士が安全を確認した上で適切な施工、監理がなされた場合は問題は無いでしょう。

恐いのは、そういう建物ばかりでは無いということなのです。

釧路周辺は地震が多く、そして軟弱な地盤が多いところです。殆んどの場合で杭が必要であり、支持層は2mから10m、酷いところになると支持層が無い場合もあります。
そんな地域でも、未だに杭を施工しない工務店や、木の杭を打っている施工業者が有るようです。実際のところ、木造住宅の場合は、確認申請の段階で杭の種類や形状、構造計算書までは審査せず、あくまでも設計者の責任において委任されているのが現状で、検査もまたしかりです。(大阪などは木造住宅の場合でも、構造計算書を添付するようになっていると聞きますが、釧路では未だ施行されていません)

そんな中、建築士に監理を依頼している施工会社も少ないのが現状で、果たして耐力壁が足りているのかバランスが保たれているのか、適切な施工がなされているのか...を確認する術がない建物も多く存在します。
そのような状態で、構造上無理があるような大胆なデザインの住宅が建てられている場合も予想できます。それが「デザイン重視」の恐ろしいところだと感じています。

建物のデザインは構造上成立っていることが最低限の前提なのだということを施主側、施工側共に認識することが大切なのではないでしょうか。
責任と意識

建築物に関する「減災」は、施工する側の意識にも多く左右されるものだと思います。
自然災害の場合、その責任能力を追求されることは少なく、地震保険以外の保険も免責事由となります。ですから設計・施工側の「安全な建物を創る」という「意識」と「責任」が重要となります。

また、施主もご自分の家を建てるのですから、それなりの勉強が必要でしょう。「素人だから任せる」ではなく、質問し、説明を求め、一緒に創るという姿勢が求められると思いますし、それが依頼する側の「意識」であり「責任」なのだと感じます。

災害に強く、住まいやすい建物を造るためには、お互いの意識と責任が必要不可欠なのだと思います。
或る日の突然に備えて

地震などの災害は或る日突然やってきます。
スマトラ島沖大地震、それに伴う大津波も突然おこり、地球規模での災害となってしまいました。

まずは「自分」が「自分や家族」を守るためには何ができるかを、1人1人が考え行動に移すことが「減災」につながることなのだと思います。
防災グッズや食料、水を備蓄する。
避難するときの衣服や靴を決まった場所に置いておく。
避難場所を確認する。
家族や友人との連絡方法を決めておく。
住宅の耐震補強工事をする。
大きな家具を固定する。
停電に備えて、ポータブルの暖房器具を用意しておく。
等々、身近でできることは他にもたくさんあるはずです。

そういったことで1人1人が自分自身の被害を最小限にとどめることできれば、それが地域に対する最大のボランティアになるのではないでしょうか。
このコラムは、かなりの部分に私の主観・感想・思い込みなどが多々盛り込まれていますので、使用上は充分ご注意ください(^^)
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一級建築士事務所 設計処 櫻